「子どもは欲しい。でも、今の生活では。」

この「でも」の後ろには、家賃も、仕事も、疲れもある。好きな人と夕飯を食べる時間さえ削りながら、もう一人を迎える未来を考える。そこで足が止まる人に、給付額だけを見せても、答えにならないことがあります。

お金の支援は必要です。そのうえで、家族と生きるための時間と体力が残る暮らしも必要です。 制度と男性の健康を一緒に考えたいのは、「父親になりたい」という願いを、毎日の生活までつなげたいからです。

出生率の向こうに、話せなかった夜がある

厚生労働省が公表した2025年の合計特殊出生率は1.14。過去最低でした。その年の年齢別出生率を合計したこの指標が、社会の課題の大きさを示しています。

数字を見て、社会の先行きを心配する。それは自然なことです。私自身、日本の少子化に強い関心があります。ただ、その心配を「若者はなぜ産まないのか」という問いにだけ変えたくはありません。

たとえば、二人で食卓に座る夜を考えます。

子どもの話をしたかった。でも相手は、食べながら眠りそうになっている。自分も明日の仕事で頭がいっぱいだ。「また今度にしよう」と片づける。喧嘩をしたわけではない。互いを嫌いになったわけでもない。それでも、話したかった未来は、今日も会話にならなかった。

政策を考えるときに見てほしいのは、こうした普通の夜です。制度が増えても、その話をする余地が暮らしにあるか。

家族を望む人が、その願いを具体的に話せる。そこまで届いて、支援は生活の中で意味を持ち始めます。

「補助金は無意味」で終わらせると、現実を見失う

出生数が下がっている。だから支援は全部失敗だ。この結論は急ぎすぎです。

政策の効果を調べるには、支援がなかった場合との比較が必要です。雇用や人口構成も変わる中、出生数の減少だけで、個別の制度が無意味だったとは判断できません。

そもそも、子育て支援には、今いる子どもの暮らしを支える役割もあります。出生率がすぐ上がらないから、その役割まで消えるわけではない。

国立社会保障・人口問題研究所の2021年調査でも、理想の数の子どもを持たない理由として、子育てや教育の費用が大きく挙がっています。OECDも、日本の若い世代の経済基盤と、仕事と家庭を両立できる環境の両方を課題にしています。

家計を助けるお金は、家計を助ける。そこは認めたうえで、それだけでは片づかない問題を見たい。

手当が入っても、残業の終わる時刻は自動では変わりません。育休制度があっても、職場で使える見通しがなければ予定に組み込めない。二人とも働いているのに家事の責任が片方へ寄れば、「もう一人ほしい」の前に「これ以上は無理」が出てくる。

財布の問題、時間の問題、体の問題。同じ家庭の中にあっても、必要な対応は違います。

その重さを、日本の数字で三つだけ確かめます。

  • 週60時間以上働く人は7.7%。 2025年、週40時間以上働く雇用者のうちの割合です。男女を合わせた値で、全就業者の7.7%という意味ではありません。週5日なら、一日12時間に相当します。
  • 家事関連時間は、夫1時間54分、妻7時間28分。 2021年の社会生活基本調査で、6歳未満の子どもがいる「夫婦と子どもの世帯」の一日平均です。家事、育児、介護・看護、買い物を含む週全体の平均で、共働き世帯だけの値ではありません。
  • 理想は2.26人、実際は1.90人。 2021年の出生動向基本調査で、結婚15〜19年の初婚同士の夫婦について見た平均理想子ども数と完結出生子ども数です。調査時点の理想と実際の比較であり、結婚当初の希望を追跡した数字でも、合計特殊出生率でもありません。

「欲しくない」と「今の暮らしでは迎えられない」を、同じ一言で片づけたくない。この差の中には、願いを生活に移せなかった人もいます。

帰宅する時間は、家族の選択とつながっている

これは気持ちだけの話ではありません。

日本のエコチル調査の43,159組を分析した2023年の研究では、父親の労働時間が長いほど、生後6か月の子どもへの七つの育児行動への参加頻度が低い傾向がありました。母親による回答に基づく結果で、年齢や収入などを調整しても関連は残っています。仕事から戻れなければ、おむつも替えられない。愛情を語る前に、家にいられる時間が問われます。

さらに、長瀬伸子・Mary C. Brintonによる2017年の日本の縦断研究では、夫の家事分担割合の高さと、その後の第2子出生との関連が示され、特に共働き夫婦で重要でした。

どちらも観察研究です。家事を増やせば必ず第2子が生まれるとは言えず、男性の健康改善による出生率上昇を直接調べた研究でもありません。それでも、働く時間と家庭への参加は、家族を増やせるかを考えるうえで、実際に研究されている生活条件です。

だから、男性の健康を家庭の話につなげたい。疲れを本人の根性に押し戻すのではなく、回復できる体と、家庭へ持ち帰れる時間を一緒に考える必要があります。

男性の体を、精子の話だけで終わらせない

男性の健康と聞くと、精子、性欲、テストステロンの数字へ話が向かいがちです。妊娠を望む人にとって、生殖の健康は大切です。

WHOは、不妊の原因が男性側、女性側、あるいは原因不明の場合もあると説明しています。喫煙、過度の飲酒、肥満などは妊孕性に影響する要因として挙げられています。妊活を女性一人の通院と努力にしない。その認識は、男性に必要です。

ただ、ここから「男の体を改善すれば少子化が解決する」とは言えません。人口全体の出生率と、個人の妊娠しやすさは別の問いです。眠りや運動を整えても、収入、出会い、住宅、相手の意思までは解決しません。不妊も、すべて生活習慣が原因ではありません。

それでも、体の話をする意味はあります。

仕事から帰ったあと、相手の話を聞けるか。週末に一緒に出かけられるか。体調の悪い家族がいるとき、自分も生活を回せるか。健康は、家族と過ごす時間の中でも使うものだからです。

目指す体は、写真の中で強く見える体だけではない。大切な人との時間に、自分も参加できる体です。

父親になる未来には、面倒だけでなく、面白さもある

家族の話が、費用と責任の一覧だけになると、誰だって腰が引けます。

もちろん、夜中に起きる日もある。予定どおりに進まない。自由に使える時間も変わる。でも、家族を望む理由は、その負担を上回る立派な理念である必要はありません。

同じ道なのに、子どもがいると前に進まない。側溝の水が気になる。石を拾う。昨日も見た犬に、今日も驚く。急いでいる大人には厄介で、時間のある日には、世界がそんなに面白く見えるのかと笑ってしまう。

自転車の後ろを支えていた手を離す。少し走ってから振り返る顔を見る。一緒に喜んだあと、今度は自分が息を切らしている。

そうした時間を望むことに、気恥ずかしさはいりません。体を整える理由が、健診の数字や見た目から、「あの時間に一緒にいたい」へ広がってもいい。

家族という形だけで喜びが保証されるわけではありません。それでも、手間をかけて育てたい関係がある。その魅力まで、少子化の議論から取り除きたくないのです。

自分の生活では、今週何を変えるか

家族を望むなら、今の生活のどこで足が止まるかを確かめる。五つのうち、一つから始めます。

1. 睡眠不足を「気合い」で乗り切らない

寝床に入った時刻、起きた時刻、日中の眠気を七日分記録します。「寝ているつもり」と実際の差を見るためです。

厚生労働省の睡眠ガイドは、成人では6時間以上を目安に必要な睡眠を確保するよう勧めています。6時間で全員に十分とは限りません。削っている時間を見つけ、夜の予定を一つ、30分早く終える。

強い眠気や睡眠の問題が続くなら相談します。仕事で眠れないなら、睡眠術だけでなく勤務の調整が必要です。

2. 動ける時間を、現実の予定に置く

WHOの成人向けの目安は、中強度の有酸素活動を週150〜300分。健康のための目安で、妊娠を保証する数字ではありません。

習慣がなければ、体調に合う範囲で夕食後の散歩を10分。推奨量への第一歩です。相手と歩けば、家では切り出しにくかった話ができる日もある。

喫煙や過度の飲酒、食事を抜く習慣も見直す。気になるものを一つ選び、禁煙支援なども使います。「体を完成させてから家族を持つ」という新しい延期理由にはしない。

3. 「いつか欲しい」を、30分の会話にする

パートナーがいるなら、今週30分を取ります。聞くのは三つ。

  • 子どもと暮らす未来を、今はどう感じているか。
  • その未来を考えると、何が一番楽しみで、何が一番重いか。
  • お金、時間、体調のうち、先に確かめたいものは何か。

「欲しい」と言わせず、自分の希望も話す。疲れ切った深夜は避け、話したくない日なら別の日を決める。

一人なら、出会いや友人との時間を「全部整ってから」へ追いやっていないか。健康づくりが、人と関わらずに済む準備期間になっていないか。

4. 家事を一つ、最初から最後まで引き受ける

「言ってくれたらやる」では、仕事を見つけ、説明し、確認する手間が相手に残ります。

洗濯なら、洗剤の確認から干して戻すところまで。忙しい日の代替方法も決める。二人の暮らしを、一人の管理業務にしないためです。

5. 体の不安は、準備の陰に隠さない

妊娠を希望して避妊せずに性交しても1年妊娠しないことは、一般的な受診の目安です。相手の年齢や持病、既往歴によっては、もっと早く相談します。男性も精液検査などの対象です。

「自分は元気だから大丈夫」で相手だけに検査を任せない。性機能の悩みや症状があるときも、体づくりの成果を待つ必要はありません。

準備を具体化したい人には、男性妊活の最初の一歩で、二人の話し合いから検査・相談までを整理しています。

個人が変えることと、社会へ求めることを両方持つ

自分にできることを始める。それは、会社や行政に何も求めないという意味ではありません。

足を止めていること自分・二人で確かめること職場や制度へ求めること
お金の見通しがない毎月の固定費、使える手当、住まいを一度並べる安定した雇用、住宅や保育の負担軽減
家庭の時間が残らない残業・通勤・睡眠を含む一週間を見える形にする使える育休、予測できる勤務、過重労働の改善
家事や育児が片方へ寄る担当を、判断と後片づけまで含めて決める保育、相談、地域で頼れる支援
体や妊活に不安がある男性も相談し、必要な検査を受ける利用しやすい医療、受診のための時間

児童手当などは、使える条件や申請方法を公式窓口で確認します。制度を遠慮して使わないことが、立派な自立なのではありません。

支援を使う。働き方を話す。家の仕事を引き受ける。体の不調を相談する。家庭を持つ可能性を広げるために、別々の場所でできることがあります。

次の世代へ渡したいのは、人数だけではない

日本に、子どもの声が増えてほしい。家族を望む人が、その願いを諦めずに済んでほしい。私はそう思っています。

けれど、そのために、誰かの体を国の持ち物のように扱いたくはありません。子どもを持たない人にも、望んでいて授からない人にも、それぞれの人生があります。出生率は、人間の価値を測る数字ではありません。

私が見たい未来には、帰宅した父親がいます。何かを買って渡すだけでなく、話を聞き、夕飯をつくり、子どもの妙な遊びに付き合う人がいる。その人も疲れるから、周囲に頼れる。隣の人にも、自分の時間がある。

子どもが「大人になるのも、案外悪くなさそうだ」と感じられる暮らしです。

国家の未来は、給付額だけでも、男性の体だけでも変えられない。それでも、今夜きちんと眠ること、週末に二人で話すこと、避けていた相談の予約を入れることには意味がある。

まだ会っていない誰かとの未来に、今の自分の時間を少し使う。

大きな数字を前にすると、手の届くことは小さく見えます。でも、家族をつくる話は、いつも誰かの具体的な一日から始まります。

出典参考資料・文献

本文で参照した資料です。リンクは新しいタブで開きます。

  1. 01厚生労働省:2025年人口動態統計(確定数)公表資料、2026年9月30日
  2. 02国立社会保障・人口問題研究所:第16回出生動向基本調査・結果の概要(2021年調査、図表6-1・7-2)
  3. 03厚生労働省:第208回労働政策審議会労働条件分科会議事録(2026年4月17日、2025年の週60時間以上就業の割合)
  4. 04総務省統計局:令和3年社会生活基本調査・結果の概要(表2-2、6歳未満の子供を持つ夫・妻の家事関連時間)
  5. 05Kasamatsuほか:父親の労働時間と生後6か月児への育児行動、日本の43,159組の分析(Frontiers in Public Health, 2023)
  6. 06Nagase・Brinton:日本の家事分担、労働市場の制度と第2子出生の関連(Demographic Research, 2017)
  7. 07OECD:Addressing demographic headwinds in Japan: A long-term perspective(2024)
  8. 08こども家庭庁:児童手当Q&A
  9. 09WHO:Infertility(2025)
  10. 10WHO:初の不妊症ガイドライン公表、生活習慣と医療へのアクセス(2025)
  11. 11厚生労働省:健康づくりのための睡眠ガイド2023
  12. 12WHO:身体活動・座位行動ガイドラインの概要(2020)
  13. 13日本泌尿器科学会:パートナーがなかなか妊娠しない
  14. 14日本生殖医学会:生殖医療Q&A(2020)