父親になることを考えると、参考にできる背中がない。

家に父親がいなかった。いたけれど、相談したい相手ではなかった。何を繰り返したくないかは分かる。それなのに、代わりに何をすればいいかとなると、言葉が止まる。

「あの人のようにはならない。」その決意は大切です。ただ、それだけでは、疲れた夜にどう話すか、約束を忘れた日に何をするかまでは決まらない。

反面教師は、避けたい道を教える。自分が歩く道は、別に選ぶ必要がある。

自分には、参考にしたい父親の姿がなかったかもしれない。でも、子どもにとっては、自分の振る舞いが一つの例になる。意識して選んだ姿勢も、見直さずに持ち込んだ癖も、同じ家に入ります。

父親像を決めないままでいても、父親としての接し方は毎日決まっていく。 疲れた日に何を言うか。困った話から逃げるか。謝る必要があるとき、どうするか。考えなかった部分は、いつもの自分に任せることになる。

手本がなかったことだけで、同じ父親になるとは決まりません。ここで見たいのは、まだ見直していない習慣を、そのまま家庭へ持ち込む危うさです。

「ならない」の先に、どんな父親になるか

怒鳴らない。無視しない。約束を破らない。そう書いてみる。

では、怒りが出たとき、どんな言葉を使うか。今すぐ話せないとき、いつ戻るか。守れなくなった約束を、どう伝えるか。禁止の隣に、することを書きたい。

繰り返したくないこと代わりに決める行動
話を聞かずに決めつける最後まで聞き、自分の理解が合っているか確かめる
機嫌で接し方を変えるいったん落ち着く時間が必要なら伝え、会話へ戻る
約束を忘れたままにする記録し、変更は自分から伝え、埋め合わせを相談する
間違いを認めず押し切る自分の誤りと必要な約束を分け、誤りは謝って直す

たとえば「絶対に怒らない父親」を目指すと、怒りを感じた時点で失敗に見える。目標を「怒ったときに、相手を侮辱せず問題を話す」にすると、練習する行動が見える。

優しい父親になりたい。その言葉にも中身をつくる。頼まれたことを何でも許すのか。難しい話も聞くのか。必要な制限を、理由と一緒に説明するのか。

自分の父親像は、形容詞より動詞で書いた方が、生活で使える。

避けたい接し方を、代わりの言葉、行動、確かめ方へ変える図

手本は、一人から全部もらわなくていい

理想の父親を一人見つけて、その人のように振る舞う。そう考えると、探すものが大きくなりすぎます。

人には、見えていない部分もある。会ったときの落ち着いた態度だけで、家庭でのすべてを知ることはできません。憧れの人物にも、そのまま持ち込みたくない考え方はあるでしょう。

人を丸ごと選ぶより、学びたい振る舞いを選ぶ。

一つの手本が見つからなければ、受け継ぎたい姿勢を、いくつかの人から選んで組み立てる。

マルクス・アウレリウスは『自省録』の第1巻で、祖父から怒りを抑える姿勢を、教師ルスティクスから自分を改める必要を学んだ、と書き留めています。恵まれた手本のあった彼と、この記事の読者の事情は違う。ここで借りるのは、人を丸ごと模倣せず、誰から何を学ぶかを選ぶ方法です。現代の父親像への応用は、私の読みです。

話を遮らない人から、聞く姿勢を学ぶ。約束の変更を先に知らせる人から、言葉の扱いを学ぶ。子どもの失敗を大げさに笑わない人から、その場の接し方を学ぶ。

本も手がかりになります。ただ、読んだ言葉は、まだ自分の行動ではない。次の会話で一つ使ってみる。その後で、何が変わり、何がまだ難しいかを確かめる。

手本は、血縁の中だけに探さなくていい。父親という肩書きを持つ人からしか学べないわけでもない。信頼できる振る舞いを、複数の場所から集めていけます。

子どもと暮らす喜びも、ここから始められる

手本がなかった人の話を、ずっと「欠けているもの」の話にしたくありません。

一緒に作ったものを見て笑う。子どもが好きになったことを教えてもらう。途中で分からなくなったら、一緒に調べる。昨日より少しできたところを見つける。

こうした時間は、かつて自分が同じものを受け取ったかどうかだけで決まるものではない。今、相手とつくる時間です。

立派な父親の台詞が分からなくても、「面白いね」「どこで困った?」「もう一回やってみよう」と話せる。特別な思い出を演出しなくても、いつもの散歩や食卓に参加できる。

自分の子ども時代にあってほしかった場面を思い描くことには、意味があると思います。ただ、その場面を喜ぶかどうかは、目の前の子どもに聞く。自分が欲しかったものと、その子が今欲しいものは、必ずしも同じではないからです。

過去に戻って父親を替えることはできない。それでも、これからの一日へ、自分がどう参加するかは選べる。

約束を、大きくしすぎない

「ずっと守る」「絶対に寂しい思いをさせない」。強い言葉を言いたくなるかもしれません。かつて足りなかったものが分かるほど、今度は全部渡したくなる。

でも、大きな約束を増やすことと、信頼に足る行動を増やすことは別です。

週末、一緒に出かけると決めた。ところが予定が変わった。架空の場面として考えてみます。

「日曜の約束を変える必要がある。楽しみにしていたのに、ごめん。土曜の午後なら行ける。予定を一緒に考え直したい」

事情を説明したら、がっかりが消えるとは限りません。それでも、何も言わず流すより、自分の言葉を自分で扱える。

予定は自分の手元にも記録する。相手が確認してくれるまで忘れておいて、最後に「言ってくれれば」と返さない。難しくなったら早めに話す。

金額の大きい贈り物で、約束を破った会話まで済ませようとしない。子どもが楽しみにしていたのは、物より、一緒に過ごす時間だったかもしれない。

守れる約束をする。変更は伝える。果たせなかったことを認める。この小さな手順を、父親らしい宣言より大切にしたい。

家にいるだけで、参加したことにしない

同じ部屋にいる。でも、声をかけられても画面から目を離さない。何をしていたか聞かれても、後で、と返す。そのまま夜が終わる。

一方で、一日中子どもだけを見る生活も、全員にできるわけではありません。仕事や他の義務がある。家族それぞれの時間もある。

だから、「いつでも対応する」という曖昧な約束より、話を聞く時間と、後で戻る方法を具体的にする。

今、聞けるなら、手を止める。今は難しいなら、いつ聞けるかを言い、自分から戻る。相手が何度も声をかけるまで待たない。

「あとで」は便利です。時刻も行動もつけなければ、断ったつもりのない断り方として使える。自分は拒否していないと思い、相手は話す機会を失う。

その「あとで」を、誰が思い出すのか。 ここにも、参加の差が出ます。

聞くときは、話の内容だけでなく、何を求めているかも確かめる。すぐ答えを出したいのか。一緒に考えたいのか。ただ見てほしいのか。父親が説明を始める前に、子どもが話したかったことを聞く。

怒鳴らなくても、家の空気を支配できてしまう

声は荒らげない。でも、不機嫌になると誰にも返事をしない。子どもが話しかけても、ため息だけ返す。何が悪かったかは説明せず、家族が気づいて機嫌を直してくれるまで待つ。

それなら、怒鳴らないという約束は守っている。それでも家族は、自分の顔色を見ながら話すことになる。

子どもが暮らすのは、父親の方針の隣ではなく、その日の父親の隣です。 「優しくするつもりだった」より、実際に声をかけたときの反応がある。家で起きた失敗を話せるか。違う意見を言えるか。父親が部屋へ入っても、会話をやめなくて済むか。

家の空気という言葉を、私はそうした場面の集まりとして使います。目立つ出来事だけを数えず、普段、何を言えて何を隠すようになるかも見たい。

疲れていること自体を、責めたいのではありません。疲れを家族に読み取らせ、対応まで任せていないかを考える。

「今、疲れていて、うまく話せない。少し休んで、夕食の後に聞きたい。さっき返事をしなかったのは、あなたが悪いからではない」

そう伝えたら、約束した時間に自分から戻る。言葉だけ整えて、その後も無視を続けるなら、家の空気は変わりません。

私は、ここを自分の基準にもしたい。落ち着いている日に、理想の父親について語ることはできる。難しいのは、疲れ、苛立ち、同じ説明をもう一度したくない日に、その基準を使うことです。

私がどれほど美しい父親像を考えても、子どもが一緒に暮らすのは、調子の悪い日の私でもある。 だから、人物像を磨くことだけで満足したくない。話す前に止まる。必要なら時間を取り、戻る。自分の機嫌を、相手の罪にしない。その手順まで持っておきたい。

過去の反対を選んでも、別の負担を渡せる

厳しい親だったから、自分は一切制限しない。何でも決められたから、自分は全部任せる。そうしたくなる場面はあるでしょう。

ただ、反対であることと、今の子どもに必要なことは同じではない。

冷たくされたから、子どもとはいつも近くにいたい。一人でいたいと言われても離れない。何でも決められたから、自分は一切ルールをつくらない。先が読めない暮らしが嫌だったから、今度は小さな予定まで全部管理する。

避けたい過去は分かる。それでも、その反動が目の前の子どもへ何を求めているかは、別に見なければならない。

自分が傷ついた接し方の反対を選んだだけでは、成熟した接し方にはならない。 近さが押しつけになることも、自由が丸投げになることもある。自分が安心するための選択を、子どものためだと呼んでいないか。

安全や他の人への責任について、大人が決めて説明することはあります。子どもの年齢や状況によって、任せられる範囲も変わる。必要な境界まで捨ててしまえば、相手が判断するための材料も足りなくなる。

使いたい基準は、「自分の父親と違うか」だけではありません。「何を守るための約束か」「相手に理由を説明できるか」「自分にも同じ基準を使っているか」です。

気分で禁止する代わりに、条件を話す。大人だから守らなくていいとせず、自分も約束を守る。事情が変われば見直す。

自分が反対したい過去ではなく、目の前の生活を見て決める。父親像を自分でつくるとは、その作業も引き受けることです。

間違えた後に、子どもへ仕事を渡さない

言い過ぎた。話を聞かなかった。できなかったことを、笑ってしまった。その後に謝るとしても、謝り方で別の仕事を子どもへ渡すことがあります。

「僕は父親として駄目だね」。そう言われた子どもが、親を慰める側になる。「そんなことないよ」と言ってくれるまで、謝罪が終わらない。

それは、自分の後悔を相手に処理してもらう形です。

自分が何をしたかを言う。相手にどんなことをしてしまったかを認める。次の行動を変える。すぐに許してもらうことや、笑顔へ戻ってもらうことを、完了の条件にしない。

「できなかったことを笑った。それは僕が悪かった。困っていたのに、話しにくくしたと思う。次は、どこが難しかったかを聞く」

これは会話の一例です。言い方を覚えただけで終わらず、次の似た場面で本当に違うことをする。

失敗した後に、自分の行動を認め、謝り、次の対応を変える順序を示した図

子どもが怒っていても、それは自分の謝罪を拒否した証拠とは限らない。今すぐ親の気持ちを楽にする役を、相手に求めないことです。

威厳を保つために間違いを隠すより、自分の言葉を修正できる大人としていたい。その後で必要な約束は、あらためて説明できます。

子どもを、自分の子ども時代の担当者にしない

自分は寂しかった。だから、子どもとはいつも仲良くしたい。気持ちは分かります。それでも、子どもが自分以外の人を選ぶ日や、一人でいたい日もある。

それを、自分が再び捨てられたという話にしてしまうと、子どもの選択が、親の過去を傷つけないための選択になる。

自分の過去を整理する相手は、子どもだけに求めない。必要なら、信頼する大人や専門家へ相談する。子どもに、自分の悩みを全部理解することまで期待しない。

家に父親がいなかった人も、距離のあった人も、すべてを同じ経験としてまとめられません。ここで過去の事情を診断するつもりはありません。ただ、自分が受け取れなかったものを渡す願いと、自分の寂しさを埋めてもらう願いを分けておきたい。

子どもが自分を慕うことを、過去がやっと正しかったことになった証明にしない。その人は、自分の人生を生きる人だからです。

一緒に育てる人を、唯一の講師にしない

「自分には手本がないから、教えてほしい」。分からないことを聞けるのは大切です。しかし、一緒に育てる相手も、すべての答えを持つ人ではありません。

何を準備するか。どんな生活にするか。自分も調べ、考え、相談する。読んだことを、そのまま家庭の決定として持ち込まず、二人の状況に合うか話す。

父親としてのやり方を全部教えてもらい、毎回評価してもらう。それでは、育児に加えて自分の教育と監督まで相手が持つことになる。

今から担当できる生活を、自分で持つ。食事、洗濯、連絡、時間の確保。子どもを迎える段階では、父親になる前に準備できることへ具体的につなげられます。

手本がないことを言葉にするのは、免除を受けるためではなく、学ぶ場所を探すために使いたい。

今日から持つ、五つの約束

自分の父親像を、遠い未来の人格としてだけ置かない。まだ子どもがいない人も、今の関係で練習できることがあります。

頼れる父親になるために、言葉、参加、境界、修正、学びを具体化する図

  1. 約束を記録する。 果たすか、難しくなった時点で自分から変更を話す。
  2. 話す時間をつくる。 今聞けなかった話へ、相手が催促する前に戻る。
  3. 境界に理由を持つ。 気分や立場だけを、相手を従わせる根拠にしない。
  4. 間違いを直す。 言い訳や自己否定より、次の対応を変える。
  5. 学びを行動へ移す。 読んだことから一つ試し、合わなければ見直す。

全部を同時に完璧にする必要はありません。今週、よくつまずいている場面を一つ選ぶ。どの言葉を替え、何を実際にするかを書いて、試す。

一週間後、立派な父親に近づいたかと採点するより、その場面で何をしたかを見る。守れた約束はあるか。「あとで」の話へ戻れたか。間違った接し方をそのままにしなかったか。

小さいことに見えるかもしれません。でも、子どもと暮らす時間の多くは、そうした普通の場面です。その場面に、自分が選んだ基準を置いていく。

手本がなかった場所へ、自分の例を一つ置く

過去を美談にしなくていい。つらい経験があったから良い父親になれる、と無理に意味をつける必要もない。自分の父親を許すことを、違う父親になるための入場条件にしなくていい。

そのうえで、これから何を渡すかを選べる。

話を最後まで聞く人がいなかったなら、今、聞く。謝る大人がいなかったなら、自分の誤りを認める。約束がいつも消えていたなら、自分の約束を記録して持つ。

自分が完璧に成長したと証明するためではありません。次の人が、自分と同じところで迷わなくて済む場面を、一つつくるために。

私は、頼れる父親を、いつでも正解を知っている人とは考えません。分からないことを調べる。難しい話から戻ってくる。失敗したら直す。続けて関わる。その人がいることで、生活の中に任せられる部分がある。

自分にどんな父親がいるかは、子どもだった自分が選んだことではありません。それでも、これからの家へ何を持ち込むかは、自分が見直す仕事です。

同じ食卓につく。約束した場所へ行く。一緒に作ったものを見て笑う。難しい話から戻ってくる。その普通の日に、受け取りたかった背中を置いていく。

過去を知らないことにする必要はない。すべての答えを知る必要もない。ただ、何が続いてほしくて、何を繰り返したくないかを見たなら、次の行動まで選びたい。

受け継いだものの中に、続けたいものがある。自分の代で終わらせたいものもある。

父親の手本を持っていなかった。だから、自分の例を今日からつくる。子どもが家で、自分の機嫌を当てるより、安心して自分の話をできるように。その未来へ、一つずつ行動を置いていきたい。

よくある質問

5件の質問を見る閉じる

いい父親の手本がなくても、父親になれますか?

手本がなかったことだけで、将来の振る舞いを決める必要はありません。繰り返したくない接し方を具体化し、代わりにする行動を選びます。複数の人から学び、約束や会話、生活の担当を今から実践して、自分の基準をつくれます。

自分の父親と同じことをしそうで不安です。何から考えればいいですか?

『同じになりたくない』を、どの場面で何を避けたいのかに分けます。怒ったときに侮辱する、約束を忘れる、話を途中で閉じるなど、具体的な振る舞いを見ます。その場面で使う別の言葉や手順を決め、実際の生活で試します。

怒鳴らなければ、子どもとの接し方は大丈夫ですか?

声の大きさだけでは判断できません。不機嫌なまま無視する、ため息で話を閉じるなど、家族に顔色を読ませる接し方も見直します。今話せないなら理由と戻る時間を伝え、自分から会話へ戻る。子どもが難しい話も持ってこられるかを考えます。

子どもに謝ると、父親の威厳がなくなりませんか?

自分の接し方の誤りを認めることと、必要な約束や境界をなくすことは別です。何を間違えたかを具体的に伝え、次の対応を変える。謝罪の後、子どもに慰めや即座の許しを要求しないことも大切です。

頼れる父親になるために、出産前からできることはありますか?

守れる約束を選んで実行する、相手の話を聞く、家事を段取りから担当する、難しくなったら早めに伝えることから始められます。出産を迎える場合は、休暇、家事、退院後の生活、支援の具体的な準備も進めます。

出典参考資料・文献

本文で参照した資料です。リンクは新しいタブで開きます。

  1. 01マルクス・アウレリウス『自省録』第1巻:家族や教師から学んだ姿勢(George W. Chrystal訳)